HFO1234yfの分解生成物であるトリフルオロ酢酸TFAが環境や人体に与える長期的影響

NPO法人環境エネルギーネットワーク21主任研究員 石橋直彦

ハイドロフルオロオレフィンHFO1234yfが環境中で分解されて生成されるトリフルオロ酢酸(以後、TFAという)が人体や環境に与える長期的影響に関するレポートが散見されたので、これらの情報を整理して解説する。

HFO1234yfは、オゾン層破壊係数が0(ゼロ)、地球温暖化係数が6であり、自動車空調用冷媒HFC134aの代替冷媒として開発され、その他業務用冷凍機器にも使用されている。

HFC134a及びHFO1234yfは環境中でTFA、フッ化カルボニル、フッ化水素、ギ酸、二酸化炭素、一酸化炭素、に分解される。TFAは通常は大気中で気体の状態で存在するが、水溶性が極めて高いため、大気に含まれる水蒸気中に容易に溶解する。水蒸気に溶解したTFAは酸性雨として地表面に到達し、河川や湖、湿地、海などの水域に蓄積する(図 1)。TFAは化学的に分解されにくい性質を有し、水の入れ替わりのない閉鎖性水圏、とりわけ蒸発速度の大きい水圏では、蓄積されるTFAの濃度は今後数十年の期間において降雨中の濃度の百倍以上に達しうると考えられている(注1)

HFC134aは大気寿命が約14年と比較的長いため、冷媒の排出と大気中でのTFAの生成との間には数十年スケールの時間差があり、生成速度は大きくない。しかしながら、HFC134aの代替物質であるHFO1234yfは大気寿命が約11日とHFC134aと比較し大変短いため、HFO1234yfの大気への排出とTFAの生成との時間差は数か月程度であると予想される(注1)。したがってHFO1234yfが自動車空調用冷媒や業務用冷凍機器用冷媒としてHFC134aと同程度の使用量に達した場合、TFAの生成は排出場所近傍に局所的に起こり、かつその生成速度は現状よりも格段に大きくなることが予想される。

TFAの急性暴露による毒性症状として、経口摂取後の胃の重篤な火傷、幽門の狭窄及び全身酸血症を伴った軽度から中程度の口腔及び食道の火傷などが報告されている。また、ラット及びマウスに対する暴露による毒性試験結果としては、結膜刺激性、低活動及び呼吸困難が観察されている。これら毒性症状に関しては参考資料に挙げた江馬眞らによる論文「冷媒の分解物の毒性評価」を読んでいただきたい。

多くの研究によりHFO1234yfの大気中への排出量は1万トン/年レベルであることが示されており、水域への蓄積は非常に少ないため近い将来に環境と人間に脅威を与えることはないとされているが、一方で、飲料水中のTFAは肝臓に損傷を与え、甲状腺機能に影響を与える可能性も指摘されている(注1)

欧州連合(EU)では、気候行動総局長であるフィリップ・オーウェン氏が、2017年のモントリオール議定書第29回締約国会議においてHFO1234yfのTFAへの分解・生成については「さらなる研究と評価を必要とする懸念事項」だと表明した。しかしながら、2018年のモントリオール議定書環境影響評価パネル(EEAP)には「TFAは人間や環境にリスクをもたらすとは考えられていない」と示され、さらには、オーウェン氏が「EUが11月にパネルの次の報告書の委託条件が交渉されるときに、パネルによってTFAが引き続き取り上げられるように努める」と付け加えており、TFAの人体や環境への影響についての評価が定まっていないようにみえる。日本では、HFO(HFO1234yf、HFO1234ze等)は、フロン排出抑制法の規制対象に加えられておらず、このため回収破壊についても対象外とされている。

CFCやHCFCが長い時間をかけて成層圏に滞留しオゾン層を破壊したように、また、これに加えてHFCも含めて地球温暖化をもたらしているように、HFC1234yfの分解物であるTFAが未来において人体や地球環境に影響を及ぼす可能性も考えられる。現在のところ、TFAの蓄積に関しては十分なデータが得られておらず推測の域を出ないためTFAの環境への影響を科学的に評価することはできないが、今後HFOやその分解後のTFAに関する毒性評価や環境影響の調査をすすめ、それが完全に解明されるまでは、HFO1234yfの使用に十分注意を払うべきであると考える。

注1: 冷媒の分解物の毒性評価、環境毒性学会誌、12(1)、1-18、2009

参考資料:
AMMONIA21.con
https://ammonia21.com/articles/9959/new_report_on_hfo_tfa_effects_points_to_potential_harm_to_liver_and_thyroid_function

ACCELERATEJAPAN.COM
https://acceleratejapan.com/hfo-momoi/

江馬 眞、納屋 聖人、吉田 喜久雄、永生龍一:「冷媒の分解物の毒性評価」、環境毒性学会誌、12(1)、1-18、2009
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jset/12/1/12_1_1/_pdf