冷媒ポータルサイトを目指して

国立研究開発法人 産業技術総合研究所

主任研究員 粥川洋平

人類の文明活動は、電力や動力、精製化学品などの高品位(低エントロピー)なエネルギーや製品を生み出すことで成り立っていますが、その過程でそれらのエントロピー低下分よりも大きなエネルギーを必要とします。結果としてトータルで見れば地球全体のエントロピーをものすごいスピードで増加させているわけです。この増加するエントロピーのひとつが廃棄物、もうひとつが熱です。

廃棄物の最たるものは、地球温暖化の主要因となっている二酸化炭素です。他の排気ガスや海洋プラスチックなどもそうです。熱に関しては直接、地球全体の温度を変えるほどのインパクトはありませんが、局所的にはヒートアイランド現象などといった問題として顕在化しています。このように、人類の文明活動において二酸化炭素と熱は最後の最後に排出されるもので、それをさらに別の無害な形態に変えることは、さらに大量のエネルギーを投じない限り、不可能です。

文明活動によるエネルギーの流れを逆向きにすることはできませんが、それを少しでも遅くするために構築されたのが熱力学といってもよいでしょう。そして、熱力学から導かれる最も重要な解のひとつが、冷凍空調機器をはじめとするヒートポンプ技術です。これによれば、ある熱量が欲しいときに、燃焼やジュール加熱などを用いるよりも、同じ熱量をどこかから「汲み上げる」のに必要なエネルギーの方が少なくて済みます。

このような利点から、ヒートポンプ技術は冷凍・冷蔵といった「冷やす」技術からスタートし、冷暖房兼用のエアコンやヒートポンプ給湯器へと発展が進み、近年は150 ℃以上の高温出力によって蒸気ボイラの代替としても期待されるまでになりました。一方、冷凍サイクルに用いられる冷媒が、オゾン層破壊や地球温暖化の原因物質となってしまったことは皮肉です。この問題に関する対応は迅速でした。オゾン層破壊問題については、主な原因となる塩素原子を含んだCFC・HCFC系の冷媒が相次いで全廃・製造中止となり、オゾン層は回復の兆しが見られます。

地球温暖化への影響に関する対策は道半ばであるものの、地球温暖化係数(GWP)の小さい新規物質が開発され、機器への利用のための技術開発と研究が急ピッチで進められています。ここで大事なことは、GWPというひとつの指標だけで全てを決めてしまうのではなく、エネルギー効率や安全性など、使用用途に応じて最適化しながら、トータルで環境への影響を抑制するといった「全体最適」の視点です。これは経済合理性と矛盾する考え方ではありません。しかしながら、国や企業・団体にとっての個別最適を求めるアプローチでは、辿り着くことは困難でしょう。

冷媒は冷凍空調機器・ヒートポンプを流れる血液であり、その性質に関する情報は科学的に公平に評価され、共有される必要があります。したがって、社会の公器である大学のサイトでこの重要な情報を整理し公開することは、きわめて有意義なことだと思います。このサイトが冷媒情報のポータルとして発展することを期待するとともに、微力ながら協力させていただければと考えております。

2021.01.31
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
主任研究員 粥川 洋平

    略歴

  • 2003年 3月 慶応義塾大学理工学研究科開放環境科学専攻 修了・博士(工学)
  • 2003年 4月 独立行政法人 産業技術総合研究所 入所
  • 2010年 8月 早稲田大学理工学術院基幹理工学部 客員准教授(~現在)
  • 2011年 8月 水素材料先端科学研究センター水素物性研究チーム 兼務(~2013年3月)
  • 現在  国立研究開発法人 産業技術総合研究所 工学計測標準研究部門 質量標準研究グループ 主任研究員

    所属学会等

  • 日本冷凍空調学会(冷媒技術委員会 他)
  • 日本機械学会(環境工学部門 総務委員会 他)