W-refrigerant.comへの期待

NPO法人 環境エネルギーネットワーク21

理事長 岸本哲郎

現在、冷凍空調機器は我々の日常生活における住環境の改善だけでなく、先進医療や様々な産業の製造プロセス、製品の品質向上、食品の貯蔵・物流等、今や無くてはならない存在になっています。日本では大量の食糧が輸入されていますが、それを可能にしているのが冷凍技術であることは言うまでもありません。冷熱技術の発明は様々な産業や科学の発展に大きな貢献を果たしてきました。

冷凍に関わる記録は非常に古くからあり、古代エジプトなどの砂漠地帯では素焼きの瓶に水を入れ夜間に屋外に出しておき、蒸発潜熱で冷却をしたことが知られています。この冷却方法は現在の冷凍・空調でも全く同じ原理です。冷凍空調技術の歴史は意外に古く、基礎となる理論は1824年にフランスのサディ・カルノーにより提唱されたものです。理想的熱機関サイクルを「カルノーサイクル」、その逆サイクルを「逆カルノーサイクル」と呼びヒートポンプの基本サイクルとなっています。カルノーは1796年の生まれで、技術学校を卒業後工兵隊の大尉となり、その後軍隊を除隊し科学分野の研究に携わりました。36歳の若さで病死し、現在の冷凍空調技術の基本理論を確立したにも関わらず生前にこの功績が評価されることはありませんでしたが、熱機関の効率という概念はこのカルノーの研究によるところが大きいと思います。

冷凍空調機器の構成要素の重要なものが熱を移動させる媒体、冷媒です。1930年にはアメリカのGE 社がSO2 を冷媒として世界初の家庭用のエアコンを開発しました。当初の冷凍機には冷媒としてNH3,CO2,SO2,エーテルと言った自然冷媒が使用されていましたが、これらは人体に対する毒性や可燃性などの欠点を持っており、一般的な場所での使用が難しかったのです。

1930年にこれらの問題を払拭する物質フロンガスが開発されました。フロンガスは高効率で不燃性であり毒性もなく経済性も優れ、冷媒として正に理想的な特性を持っており20世紀に発明された最も優れた化学物質の一つと言われていたのです。フロンガスによって冷凍空調分野は急激な発展しましたが,1974 年のNATURE 誌にアメリカのRowland博士らにより特定フロンのオゾン層破壊現象の論文発表があり、世界的な問題になりました。
当初開発された冷媒(CFC)はオゾンを分解する塩素を含んでいたため、冷凍空調業界ではオゾン層保護のために塩素を含まない冷媒(HFC)の開発を進めこれらに転換してきました。しかしHFC冷媒も近年温暖化の影響が大きいことが指摘され、次世代の冷媒への開発が必要になってきました。冷媒に求められる条件としては、可燃性や毒性がないこと、温暖化係数(GWP)が小さいことだけでなく、冷凍能力が高く、かつ経済的に受け入れられる価格であることが求められています。フロン系冷媒は炭素を含むフッ素化合物です。科学的に安定していると不燃性になりますがその分GWPが大きくなります。一方GWPを小さくするためにフッ素を水素に置換していくと今度は燃焼性が上がり、燃焼性と低GWP性はトレードオフの関係になり、両方を満足するものはまだ見つかっていません。
また次世代冷媒は冷媒各社から二重結合のものや混合冷媒など様々な物質が提案されていますが、可燃性、毒性などの安全性、温暖化係数、効率などそれぞれ一長一短があり、すべてを満足する理想的な冷媒は開発されていません。

近年、各国の経済発展に伴い冷凍空調機器も急速に普及し、エネルギー消費の増大や地球環境問題は重要な課題になっていますが、環境問題は様々な要因が複雑に絡み合っていてその原因や解決策は単純ではありません。さらに一部の政治的な思惑やこれにより利益を得ようとするもの、環境団体等の技術的な根拠のない偏った主張などがこれらの問題をより複雑にしており、本質が分かりにくくなっているのが実態です。冷凍空調産業においても冷媒によるオゾン層破壊や温暖化への影響が指摘されていて、その解決は大きな課題となっています。地球環境を守り人類の持続的な発展を実現するためには科学的な事実や知見に基づき解決策を見出さなければなりません。近年様々な次世代と呼ばれる冷媒が提案されていますが、消費者だけでなく冷凍空調機器に広く関わる人々にも選択肢が多すぎて、模索している状態であると思われます。
現在、冷媒に関する物性や化学構造、各国の政策、規制、アプリケーション等総合的に情報を発信しているサイトは見当たりません。

以上の情勢やその問題点を鑑み、学術的な場を基盤として次世代の冷媒に関する本質的、科学的な事実に基づいた情報発信、各国の最新の情報や冷媒に関する政策等をタイムリーに発信し冷媒に関する正しい理解を深めるために、早稲田大学において冷媒に関する総合的な情報サイトW-refrigerant.com(https://w-refrigerant.com)が立ち上げられました。次世代の冷媒に関する様々な情報を得ること、疑問に答えることができる早稲田大学の情報サイトW-refrigerant.comに大いに期待したいと思います。

2019.08.01
NPO法人 環境エネルギーネットワーク21
理事長 岸本 哲郎

URL : http://www.enet21.com/

    略歴

  • 1970年 3月 早稲田大学理工学部電気工学科卒業
  • 1970年 4月 東京三洋電機(株)空調事業部 入社
  • 1986年12月 三洋電機(株)と東京三洋電機(株)合併
  • 1993年 4月 三洋電機(株)環境システム(事)技術部長 就任
  • 1995年10月 三洋電機(株)空調システム(事)資材部長 就任
  • 1999年 4月 三洋電機(株)空調システム(事)事業部長 就任
  • 2000年 4月 三洋電機空調(株)常務取締役 就任
  • 2002年12月 (社)日本冷凍空調工業会 専務理事 就任
  • 2014年 6月 (社)日本冷凍空調工業会 専務理事 退任、顧問就任
  • 2016年 6月 (社)日本冷凍空調工業会 顧問退任
  • 現在  NPO法人 環境エネルギーネットワーク21 理事長

    その他の官職

  • 早稲田大学理工学研究所 招聘研究員
  • 日本空調冷凍研究所 理事
  • 経済産業省 一般社団法人 北海道環境財団
     [地域の特性を活かしたエネルギーの地産地消促進事業] 採択委員
  • 環境省 低炭素社会創出促進協会
     [省エネ型自然冷媒機器導入普及促進事業] 評価委員
  • 経済産業省 NEDO
     「次世代冷媒に関する調査委員会」 委員・WG主査